上ノ郷城跡(かみのごうじょうあと)
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上ノ郷城のおわり
徳川家康は、鵜殿氏からうばった上ノ郷城を、久松俊勝(ひさまつ としかつ)という武将(ぶしょう)にあたえました。
この人は、家康の義理(ぎり)の父親にあたる人でした。
久松俊勝のお墓は、市内の清田町の安楽寺にあります。
上ノ郷城は、鵜殿氏のお城から、久松氏のお城へとかわりました。
そして、1590年、徳川家康が関東地方へ国替え(くにがえ。領地がそっくりいれかわること)になると、上ノ郷城はつかわれなくなりました。
ところで鵜殿一族はその後どうなったのでしょうか?
上ノ郷城がせめおとされたあと、のこった鵜殿一族はやがて徳川家康に仕えることになりました。
家康が関東地方へいくのにしたがって、鵜殿一族も住みなれたふるさとをはなれました。
鵜殿氏が蒲郡のお殿様(おとのさま)だったのは、ずっとむかしのことです。
ながい年月がたって、世の中はなにもかもかわってしまいましたが、いまでも上ノ郷城へいくと、戦国時代にいきた人々のおもいがつたわってくる気がしませんか?
もくじ
- 上ノ郷城跡(かみのごうじょうあと)ってなんだ?
- お城ってなに?
- お城へいってみよう!
- お殿様はだれだ?
- 上ノ郷城の合戦
- 上ノ郷城のおわり(このページです)
- 「上ノ郷城跡を愛する会」について 大人向けページ
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